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ときわんジャーナル

駄菓子の値上がりはいつから?理由と昔の値段を解説

26.08.25

お金の知識


こんにちは!ときわ総合サービスのおもてなし担当社員の「ときわん」です!


最近、駄菓子の値段が上がっていると感じている方は多いのではないでしょうか。


今回のコラムでは、駄菓子の値上がりがいつ頃から始まったのか、昔はどのくらいの値段だったのかを振り返りながら、値上がりの理由や駄菓子の歴史についてもわかりやすく解説します。


読み終わる頃には、駄菓子への懐かしさと今の価格事情が、すっきり整理されているはずです!


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駄菓子の値上がりはいつから?昔は〇〇円だった!?


多くの定番駄菓子で値上げが相次いだのは、2022年頃からといわれています。


昔から親しまれてきた定番商品の価格が、どのように変化してきたのか、代表的な駄菓子を例に振り返ってみましょう。

スナック系の駄菓子

まずはスナック系の定番商品です。

  • ・うまい棒:10円(1979年発売)→12円(2022年)→15円(2024年)
  • ・キャベツ太郎:20円→30円
  • ・ベビースターラーメン:10円前後→30円ほど(段階的に値上げ)


「うまい棒」といえば、1979年に登場してから2022年に至るまで、40年以上もの間ずっと1本10円で買えるお菓子として親しまれてきました。


子ども時代、お小遣いを握りしめて買いに行った記憶がある方も多いのではないでしょうか。


うまい棒は発売当初と比べると、価格が5割も高くなったことになります。

チョコレート・飴系の駄菓子

チョコレートや飴などの駄菓子も例外ではありません。

  • ・ごえんがあるよ(5円チョコ):5円→11円(2024年)
  • ・チロルチョコ:20円→23円以上(2022年・2025年・2026年値上げ)
  • ・ブラックサンダー::30円→40円


このように多くの定番商品が、この数年で1.2倍から1.5倍ほど高くなっている状況です。


かつては10円玉1枚でいろいろな駄菓子を選べましたが、今ではその金額で買えるものはごくわずかです。


東京・雑司ヶ谷にある「日本最古の駄菓子屋」とも呼ばれる上川口屋でも、10円で購入できる商品は数種類ほどに限られているといいます。


それでも、まとめ買いセットの人気や「駄菓子バー」のような新業態の登場からもわかるように、値上がりが続くいまも駄菓子への根強い支持は変わっていないようです。


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駄菓子はなぜこんなに値上がりした?

駄菓子の値上がりの背景には、主に3つの要因が重なっています。


それぞれ確認していきましょう。

原材料費の高騰

スナック系の駄菓子に使われるコーンや植物油は、国際情勢の影響を受けて大きく値上がりしました。


チョコレート系の駄菓子に使われるカカオ豆も、主要産地での不作や農家の後継者不足が重なり、価格が急騰しています。


近年は中東情勢に伴うナフサ不足の影響で、着色や包装に使うインクなどの調達も不安定になっており、定番のガム類などでも追加の値上げが伝えられています。


うまい棒の販売元は、原材料価格の上昇が自社で吸収できる範囲を超えたことを、値上げの理由の一つに挙げました。

物流費・エネルギーコストの上昇

物流費やエネルギーコストの上昇も、駄菓子の価格を押し上げる一因となっています。


トラックドライバーの時間外労働規制が強化されたことなどを背景に、運送にかかる費用が重くなっているようです。


製造コストだけでなく、店舗まで届けるための費用負担も増えています。

円安による輸入コストの増加

駄菓子の原材料の多くは海外からの輸入に頼っており、円安はそのコストにも直結します。


円安が進むほど、ドル建てで取引される原材料の仕入れ値は、円に換算した際に膨らみやすくなります。


原材料、物流、為替と、複数の負担が同時にのしかかったことで、駄菓子メーカーも値上げに踏み切らざるを得ない状況が続いているようです。

駄菓子の歴史についても振り返り!


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そもそも駄菓子とはどのような歴史を持つお菓子なのでしょうか。


歴史を振り返ることで、駄菓子がなぜ長く愛されてきたのかも見えてきます。

駄菓子の始まりは江戸時代


駄菓子のルーツは、江戸時代までさかのぼるといわれています。


当時、白砂糖を使った高級な菓子は「上菓子(じょうがし)」と呼ばれ、武家や公家などの上流階級だけが口にできるものでした。


一方、庶民は黒砂糖や水飴、麦や粟といった雑穀など、手に入りやすい安価な材料で作られたお菓子を楽しんでおり、これが「駄菓子」と呼ばれるようになったそうです。


「駄」という漢字には、上等ではない、素朴で値打ちが低いといった意味合いが込められており、高級な上菓子とはっきり区別するために使われたといわれています。


当初、こうした庶民のお菓子を売る店には決まった呼び名がなく、次第に「一文菓子屋」や「一銭菓子屋」と呼ばれるようになっていったようです。

駄菓子屋の全盛期は昭和

明治や大正時代を経て、駄菓子や駄菓子屋という形が少しずつ広まり、昭和20年代から40年代にかけて全盛期を迎えました。


戦後のベビーブームで子どもの数が急増したことに加え、経済成長とともに子どもたちがお小遣いを持つようになったことも、駄菓子屋がにぎわった理由といえるでしょう。
チョコバットなどの定番商品が登場し、その後昭和50年代にはうまい棒も発売されました。


放課後になるとまず駄菓子屋に立ち寄る、というのも当時の子どもたちにとってはごく自然な習慣だったようです。


その後、コンビニやスーパーマーケットの登場、少子化などの影響を受けて駄菓子屋の数は大きく減り、経済産業省の統計でも、菓子小売業の店舗数はこの30年ほどで9割近く減少したとされています。


それでも、懐かしさを求める大人や、駄菓子ならではの魅力に惹かれる世代を超えたファンによって、その人気は今も受け継がれています。

駄菓子の値上がりは時代の変化の証、それでも愛され続ける

うまい棒をはじめとする定番駄菓子も、原材料費の高騰や物流コストの上昇、円安が重なったことで、この数年で大きく値上がりしています。


一方で、江戸時代から続く駄菓子の歴史をたどると、時代とともに価格や姿を変えながらも、庶民に寄り添うお菓子であり続けてきたことがわかります。


値上がりは少し寂しくもありますが、駄菓子ならではの懐かしさと楽しさは、これからも色あせずに続いていきそうです。


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